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「ピエロ」に成り下がった訳 [稲葉的詞世界]

『ピエロ』という作品の詞的世界は、社会的にあまり歓迎されない形のもの、
率直に表現すれば略奪愛と、それに伴う逃走劇が描かれている。
同種の世界観が表現されている作品を模索すれば、『Peace Of Mind』における
『横恋慕』や、物語の帰結は違うけれど、『Stardust Train』等が思い出される。
『ピエロ』も『横恋慕』も、そして『Stardust Train』においても、主人公は「あなた」(君)に
一途な想いを寄せ、どうにかしてこれからの人生を二人で一緒に過ごしたいと思っている。
しかし、好意を寄せる「あなた」には「あいつ」という存在があり、なかなか次の一歩に
踏み出せずにいる情景が描かれている。
『Stardust Train』では、この遣る瀬無い現状を前に、(「君」を「彼」の元へ帰す列車に
対して)「終点のない列車ならよかったのに・・・」とポツリと本心を覗かせている。

『ピエロ』と『横恋慕』では、より積極的で行動的な描写が見受けられる。
『横恋慕』における主人公は、「どんな罰でも受け」るという確固とした決断をもって、
「線を越え」、「禁じ手の横恋慕」を開始しようとしている。作詞家はその情景を
「悲劇の主人公」を「きどって」行う「愛の逃避行」と表している。
では、『ピエロ』の詞的世界に目を向けてみるとどうだろうか。
同じ逃避行が描かれているにもかかわらず、「映画のように」振る舞い「劇的」な逃避行を
演ずるはずのかっこいい「悲劇の主人公」が、なぜか「ピエロ」と表現されている。
この僅かな違いが、『ピエロ』と『横恋慕』を同じ数直線上で考えていいものなのかという
疑念を生んだわけで、この場では「なぜ主人公はピエロに成り下がったのか」に焦点を絞り、
この『ピエロ』という作品の世界観を考察してみたいと思う。

『Stardust Train』では、「もしかしたら彼が君を追いかけてるかもしれない」という
柔らかな仮定表現を用いて「あいつ」(彼)の行動をイメージしている。
けれど『ピエロ』においては、「あいつは血まなこ 憎しみ燃やす」と断定的な物言いをもって、
追っ手である「あいつ」の逆上し狂気的な様子であったり、それから発生する恐怖というものを
明確に感じ取れる。だからこそ主人公は必死に逃げ回っているのであり、その逃避行は
「強烈な生と死の匂い」が漂い、立ち込めるものになりえているのだろう。そしてその逃走劇が
「地の果てまで」続く、半永久的で非常に過酷なものであることも主人公は熟知している。
この辛く、生と死が隣り合わせのリスキーな逃避行は、次の一節から始まっている。

桃色に染まりゆく 東雲を追いかけて                                                                           疾走するポンコツカー あなたを乗せて

主人公は「ポンコツカー」の助手席に「あなたを乗せて」逃避行を開始している。
その逃避行には目指さなければならない場所などは無く、今はただ
「桃色に染まりゆく東雲を追いかけて」車を走らせているようだ。
周辺がまだ暗闇により埋もれている中、僅かに明るくなった東の空を
目指し直走る主人公の姿は、「あいつ」という(恐怖心を増大させる)巨大な
暗闇から逃れようと、必死に光を探求しているように暗示される。

怪物に心を バリバリ食いちらかされて                                                                          思わずあなたを 奪っちまったんだよ

「怪物」という言葉は、「あいつ」に対する怨恨、嫉妬心という言葉に置き換えてもいいだろう。
そういった情動が、「思わずあなたを奪っちまった」という行為を生んだわけである。

この広い世界の中 2人しかいないような                                                                         寂しさかみしめ 胸かきむしる

実は『The 7th Blues』の『春』という作品には次のような一節が存在している。

二人のはかない行き先を変えてみようか 裸になって                                                                 寂しい街から連れ出して 遠い国で君を抱きたい

まるで『ピエロ』が『春』のストーリーを引き継いだ続編ともとれる内容であるが、ここで
注目したいのは『ピエロ』の「寂しさ」と『春』の「寂しい」という言葉の関係性についてである。
『春』の言葉を借りるならば、『ピエロ』の主人公が情動的ではあるが、「あなたを奪」い、
「地の果てまで」追っ手から逃れようと逃亡している姿は、「寂しい街から」彼女を
「連れ出」すことに成功したことになり、更には「遠い国で君を抱きたい」という
願望を叶えつつある状態にあることが理解できる。
しかし、「寂しい街」から抜け出し、折角予てからの切望を叶えつつある現状を前にして、
主人公は「寂しさをかみしめ」、挙句の果てには「胸をかきむし」っているのである。
この整合性の無い事象にこそ、「悲劇の主人公」が「ピエロ」にまで成り下がった
決定的な要因があるように思われる。

実質的に言えば、ここまで語ってきた『ピエロ』の歌詞の内容は、
ほとんどが主人公の内証であり、助手席にいる「あなた」の心の内は
明確に分からないのである。例えば「もうちょい体よせ合いたい」というのも、
主人公の視点から描かれた欲望であるし、「浮かれたようにハンドルを切る」という歌詞も、
あくまで動作主は主人公であり、「あなた」が現行の逃避行に対し「浮かれたよう」な感情を
抱いているかどうかは計り知れないのである。

では、ここで主人公の内証や発言から、「あなた」の内証を推察してみようと思う。
前述した「もうちょい体よせ合いたい」という表現だが、この字面のまま受け止めれば、
主人公と「あなた」との間には「もうちょい体」を「よせ合」える程の距離があることが分かる。
主人公は「よせ合いたい」と望むくらいなのだから、ギリギリまで「あなた」に擦り寄っている
ことが分かる。であるにも関わらず、未だに二者間に距離があるということは、助手席の
「あなた」の方は、それほど「よせ合いたい」とまでは望んでいないのではないかと推し測れる。

このように考えると、先に述べた「寂しさかみしめ」という表現はどうだろうか。
独りぼっちで誰も存在しない空間を、孤独であり「寂しい」と言うことは簡単である。
しかし、ここでは他でもない愛して止まない「あなた」と二人っきりの空間を「寂しい」と
形容している。例えば、誰もいない空間での無言というモノは必然的であるが、二人でいる
空間での無言というモノは、「寂しさ」を増加させる要因になりえるのではないだろうか。
そして主人公と「あなた」は、まさにこの状況下にあるのではなかろうか。

「奪っちまったんだよ」という突発的な行為から、この逃避行は始まった。
ここまで考察してきた「あなた」の抱いているであろう内証や態度と、この主人公の情動に
流され、「あなた」の同意を得ることなく「奪っちまった」という行為を統合して考えると、
助手席にいる「あなた」は必ずしも「逃避行」に賛成しているわけではないという帰結に至る。
いや寧ろ、主人公から身体的な距離を置いたり、口を噤ぎ主人公と会話をしないということを
考えると、明らかに「あなた」が逃避行に拒否的な態度をとっていることが窺い知れるはずだ。

そもそも「愛の逃避行」という行為は、お互いが「一緒にいたい」という共通の理念で
結ばれているからこそ成立するものであり、だからこそ辛く長い「生と死の匂い」が
立ち込める中でも突き進んでいけるのである。お互いに手と手を取り合っているからこそ、
主人公はかっこいい「悲劇の主人公」を演じ続けていられる。
けれど、例えば助手席にいる彼女が不安感や後悔の念にかられ、置き去りにしてしまった
「あいつ」に想いを馳せ、涙を流しているとしたら、一気に「愛の逃避行」という行為の意味が
崩壊し、かっこいいはずの「悲劇の主人公」は、惨めで滑稽な「ピエロ」へと変容してしまう。

『横恋慕』の主人公が、「悲劇の主人公」であり続けられる理由は、横恋慕の相手と
相思相愛であるがためである。「不自然に」、言い方を変えれば意識的に目と目を合わせ、
「見えない糸」で両者が結ばれているからこそ、主人公はかっこよく、「ぬけだしちゃおう」と
「悲劇の主人公」を「きどって」いられるのである。

『Stardust Train』にしても然りであろう。
「I want your love」、「You want me,girl」という歌詞から分かるように、
『Stardust Train』における両者もお互いにお互いを必要と思い、信頼し合っている。

寄せた肩の熱さだけを頼りに                                                                                言葉一つもいらないふたり乗せ

互いに慕い合っているからこそ、互いの体温を感じられるほど肩を寄せ合えるのであり、
言葉など無くても平気な「ふたり」でいられるのだ。
無論、ここで語られた「寄せた肩の熱さ」や「言葉一つもいらない」という表現は、
先の『ピエロ』から抽出したものとは根本的に意義が異なる。

更に、『Stardust Train』は「愛の逃避行」がどういうものなのかを提示してくれる。

君が悲しまなければ                                                                                     神様に嫌われても譲りたくない

「横恋慕」もしくは「愛の逃避行」という行為そのものは、社会的な道徳観から外れる、
反社会的な行為であり、まさに「神様に嫌われ」る行為であると考えられる。そうまでしても
「逃避行」を開始したいという強い願いが「譲りたくない」という表現に繋がったのだろう。
しかし、その行為の達成の前提として「君が悲しまなければ」という条件が付属している。
つまり、どれ程己の想いが強く、「愛の逃避行」に突っ走りたくとも、その「逃避行」という
行為が原因となり彼女が悲しんでしまってはならないと、『Stardust Train』の主人公は
語っているのである。

『ピエロ』に話を戻す。

Getaway getaway オレはピエロ                                                                              ひたむきで滑稽な 逃亡者                                                                                 涙は流さないでおくれ

主人公は「あなた」に対して、「涙は流さないでおくれ」と呼びかけている。
どうやら助手席の「あなた」は、今既に泣いているか、はたまた今にも泣き出しそうな表情を
しているらしい。その様子を運転席から眺め、思わず「涙は流さないでおくれ」と発したのだろう。
相思相愛で手と手を取り合い、希望に満ちた「逃避行」であれば、涙など流す必要はない。
もしかしたら、主人公によって「あいつ」から無理矢理引き離された「あなた」は、これまで
以上に「あいつ」への想い・好意を募らせ続けるという状態に陥っているのかも知れない。

「奪っちまった」という突発的で情動的な行為は、単なる主人公の独りよがりであり、
結果的には愛して止まない大切な「あなた」を傷付け、涙を流させてしまうまでの悲しみを
与えてしまったことになる。本来、「あなた」へ附与すべき感情が「喜」であるにも拘らず、
蓋を開けてみると、皮肉なことに「哀」という感情を与える結果となった。
こんな自らの欲望を成就させるために、独りよがりの想いに突っ走った主人公は、
『Stardust Train』より導き出した「君が悲しまなければ」という前提条件を破ったことになり、
客観的に見て、到底かっこいい「悲劇の主人公」とは言えないのではないだろうか。

『It's Raining...』では、「LOVE」(愛)についての一つの見解が示されている。

LOVE... 心から逢いたいと LOVE... 想うこと                                                                      LOVE... 心から逢いたいと想われたい

『ピエロ』における主人公が、唐突に「あなた」を「奪っちまった」行為。
それは己の欲望を体現させるものであり、結果的には二人の願望を具現化させるもので、
自らの決断が彼女に対して煽動的なものとなり、彼女もこの逃走劇に同調してくれるはず
だったのだが、実際の現実に目を向けてみると、それとは程遠い所に辿り着いていた。
自らの行動が、愛しい「あなた」を傷付け、挙句の果てには置き去りにしてきた「あいつ」を
助手席の彼女は見つめているようだった。彼女は「あいつ」に対して「心から逢いたいと想」い、
また遠くにいる「あいつ」は彼女から「心から逢いたいと想われ」ている。
己の行為が「あいつ」と「あなた」の絆をより一層深めている現状に、
主人公は自嘲たっぷりに言うのだろう。
「オレはピエロ」「ひたむきで滑稽な逃亡者」。

アジテーションを期待していた主人公は、この現状を眼前にして「あなた」に言い放つ。

悲しいけど美しいのがLIFE

「悲しい」けれども「美しい」という、矛盾性を含んだ表現である。
もともと人間の感情であるとか価値判断というものは、何らかの公式や理論で一括りに
出来るほど単純ではないはずだろう。数学や物理学の世界の様な明確な解答など無く、
矛盾をふんだんに含んだもの。それが「感情」であるはずだ。主人公は主人公なりに
必死に言葉を探し、己と「あなた」の両者にとって正当で適切な言葉を選ぼうとした。
そして到達した言葉こそが、「あなた」が直面している現状を表現した「悲しい」という感情と、
主人公が懇願して止まないこれからの行く末を表した「美しい」なのだろう。
そんな「LIFE」をずっと二人で過ごしてゆきたいと、彼は願い、「夢のスピードは 
もうゆるめない」と、二人を乗せた「ポンコツカー」のアクセルをギュッと踏み込んだ。

しかし、忘れてはならない。
アクセルを勢いよく踏み込んだのは、「滑稽な逃亡者」の「ピエロ」であり、
彼女は依然として、「ピエロ」と距離を取り、口を噤み、涙を流している...。


Finally,
My analysis isn't a answer.
It's immortal alternative...

参考作品
『ピエロ』(B'z-アルバム『MONSTER』収録)
『横恋慕』(稲葉浩志-アルバム『Peace Of Mind』収録)
『Stardust Train』(B'z-アルバム『BREAK THROUGH』)
『春』(B'z-アルバム『The 7th Blues』収録)
『It's Raining...』(B'z-アルバム『RISKY』収録)


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コメント 2

yukari

『ピエロ』も深い曲ですよね。
この歌の歌詞は続きがありそうで知りたいですww
でも知らないほうがいいのかな。。。。
そこは私は分かりません;;【やっぱお子様だから??
逃亡が永遠に続くような、そんな気がします。
『Stardost Train』もかなり好きです。
聴いてたら感情が高鳴る・・・と言うのでしょうか?
なにか心につっかかるよぉな何かがある感じですね。
こぅいうのも大好きですww
by yukari (2007-02-15 23:01) 

Magnolia

こんばんは、yukariさん。
コメント、ありがとうございます。

>この歌の歌詞は続きがありそうで知りたいですww

確かにここで終わってはなさそうですね、この曲の世界は。
曲自体も、きっぱりと区切りがあって終わるんじゃなくて、
フェードアウトしていってますから。
この先、二人のすれ違いが続いていくのか、
はたまた『Crazy Rendezvous』のように打ち解けていくのか…。
それを知るのは、稲葉さんただ一人なのでしょうね。

>なにか心につっかかるよぉな何かがある感じですね。

こういう、どちらかといえば非現実的な世界観は、
リスナーのカタルシスとなってくれるのでしょうね。
僕もyukariさんと同じでこういう詞的世界は大好きです。
by Magnolia (2007-02-16 22:13) 

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