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『憂いのGYPSY』-躊躇いと決断- [稲葉的詞世界]

西へ西へとGYPSYが見果てぬ理想郷を求めたように、
「僕」という「GYPSY」もまた、次から次へと理想の女性を求めていた。

いくつもの恋を乗り継いで人を傷つけて 君に会った

己が理想とする女性を模索し、到達しようとする過程で「いくつもの恋を乗り継いで」きた。
人には感情があるから離別を告げる際、何人もの「人を傷つけ」、泣かせてきたのだろう。
そんなバックグラウンドを抱える「僕」は、「君」という一人の女性に「会った」。

君が魅力的なほど 僕は臆病になってゆくよ

「君」が「魅力的」で、その「魅力」に己が魅了されていくほど、「僕は臆病になって」しまう。
これまで多くの女性と恋に落ちた。その瞬間は間違いなく理想的であったのに、
同じ時間を共有し、様々な景色を一緒に見続けている中で、違和感を感じ、
結局その恋は成就することなく、相手を泣かせ、己自身も傷ついてきた。
「僕」が今よりもずっと「君」のことが好きになり、その「魅力」に引き込まれていったなら、
きっと「僕」は恋に落ちてしまうだろう。両想いで付き合うことになったのなら、「僕」は
より一層「君」にのめり込んでいくだろう。それを「僕」は恐れていた。
好きになれば好きになっていくほど、付き合っていけば付き合っていくほど、
もし仮に二人の関係の帰結として、今までと同様離別が待ち受けているとしたら…。
そう考えれば考えるほど、「僕は臆病になって」いった。
だから「僕」はこんな都合のいいことばかりを想像してしまう。

もしも時が止まり 色褪せない写真のように すべてがこのままだったとしたら                                                                                                             愛の速度なんか気にせずに 君の胸に抱かれていられるのに

「僕」と「君」の関係性の到達点が離別だとしても、「僕」の抱く「君」への愛情が
冷め切ることなく、今現在君に対して抱く燃え滾るような状態のままだとしたら…。
そんな「愛の速度なんか気に」することなく、もしも「すべてがこのままだったとした」なら、
お互いの笑顔も好意も良好な関係も、二人を取り巻く何もかもが「色褪せない写真の
ように」永遠に続いていくのだろうけど…。
そんな無邪気で御伽噺のような世界があり、「君」が許してくれるなら、「僕」は
ただひたすら何の躊躇いもなく「君の胸に抱かれていられるのに」…。
そんな空想へ逃げるように「僕」は日々を費やしていた。浮き沈みのない日々を。

『Wonderful Opportunity』では次のように唄われている。

窓の外すがすがしく 晴れてれば晴れてるほど                                                                     哀しくなるのはとても寂しいことだと思います

魅力的な女性がすぐ近くにいればいるほど、臆病に、
そして卑屈になっていくのはとても物悲しく、空虚なものだと思う。
それを最も敏感に感じ取っているのが「僕」であり、だから「僕」は
今の状況下において「何処にも落ち着けない」のである。
そして「臆病」な「僕」は次第に「君」と向き合い始める。

誰も好きにならないままで いまどきの夜はもう越せないよ

理想の女性を捜し求めることなく、つまり「誰も好きにならないままで」はダメだと「僕」は言う。
しかし、これは決して「君」と己自身を傷つけないという確約ではない。
今の「僕」にとって、「君」とは非常に不明確な存在である。
その「魅力的な」仮面の下には一体どんな顔があるのか。そのままなのか、それとも…。
知っている部分と未開の地が混在する、そんな不明確な「君」を、
同様に不明確な「なにか」という表現を用いて、「僕」は素直に本心を曝け出す。

なにかひとつを守ってゆける 勇気と自信はまだないけど

「君」一人を絶対に「守ってゆける」という「勇気と自信はまだない」と「僕」は言う。
「君」と付き合い、「君」という存在がもっと明確な姿となった時、「僕」は「君」をより
好きになるかもしれないし、「君」を理想の女性に辿り着くための「乗り継ぎ」の
一人にし、結果として傷つけ、そして「僕」自身も傷ついてしまうかもしれない。
だから「僕」は「君」一人だけを「守ってゆける」「勇気と自信はまだない」と言うのだ。

夕べ夢の中で僕のジーンズが 泥と埃にまみれていた                                                                 そしてそれを面倒臭そうにしかめっつらで洗っている自分がいた

夢の中での「僕」はジーンズを洗っていた。
不衛生とかそういう論議は別にして、ジーンズを洗濯しないで履き続けるという習慣がある。
「いくつもの恋を乗り継」ぐ過程でも履き続けていた「ジーンズ」は、「泥と埃にまみれていた」。
その「泥と埃」とは、「いくつもの恋」が消えゆく場面でお互いが流し合った涙なのか。
それとも悲哀という感情なのか…。とにかくそんなものが「ジーンズ」に「まみれていた」。
そしてそんな「泥と埃にまみれていた」「ジーンズ」が「僕」を「臆病」者に変えていた。

夢の中の自分は、そのジーンズを「面倒臭そうにしかめっつらで洗って」いたのだ。
累積されていた「泥と埃」が落ち、きっと「僕」は「臆病」ではなくなってゆくだろう。
「君」と向き合う際、「失礼のないよう」、そして「完全燃焼」(『MVP』)すべく、
夢の中の自分は必死に頑張って「ジーンズ」を「洗ってい」たのだろう。
そんな姿を客観的に見ている「僕」がいて、夢の中で切磋琢磨している「自分」の姿、
前に進もうと必死になって悲壮感を振り落としている姿を「とても幸せ」だと感じていた。

『きみをつれて』では次のように唄われている。

いいかい これは繰り返しじゃない                                                                             だから臆病にはなるな

「いくつもの恋を乗り継」ぎ、今に至る「僕」。
その「乗り継」ぎは、決して「繰り返し」ではなかったはずだ。
新たな恋に出会うたびに、新鮮な気持ちで「この人こそ」と思っていたはず。
しかし、実らない関係が続くにつれ、別れ際に相手の傷ついた姿を見るたびに
「ジーンズ」は「泥と埃にまみれ」、「臆病」になっていった。
でも「僕」は、夢の中の自分が纏わり付いていた躊躇いを削ぎ落としている姿を
幸せだと感じ、再び「繰り返しじゃない」ということを確認することができた。
目の前にいる「君」はもしかしたら「乗り継」ぎなのかもしれない。しかし、「君」こそが、
「僕」が「GYPSY」のように希求し続けていた理想の女性なのかもしれない。
「だから臆病にはなるな」と夢の中で「ジーンズ」を洗う自分が語りかけてくる。

夢の中の自分が、自己を制御・防衛する隔たりを崩し、幸せとは何かを
伝えてくれたからこそ、現実の「僕」は次の一歩へ進める。
「僕」は「君」から逃げることなく想いを伝える。

明日は僕と一緒に旅立とう

「僕」にとって「君」に想いを伝え、付き合うことは終局ではなく、
むしろそれは、新たなる「旅立」ちである。
それは「君」の深遠な部分へ、上辺ではない奥底へ、「君」がまだ
「僕」に見せていない未開の地への新たなる「旅立」ちを意味する。
その旅路の果てにあるのは、幸福か。
はたまた、幾度となく訪れた悲哀なのだろうか...。

理想を求める「GYPSY」の旅は、まだ始まったばかりなのだ。


Finally,
My analysis isn't a answer.
It's immortal alternative...

参考作品
『憂いのGYPSY』(B'z-アルバム『IN THE LIFE』収録)
『Wonderful Opportunity』(同上)
『MVP』(B'z-シングル『SPLASH!』収録)
『きみをつれて』(B'z-ミニアルバム『FRIENDS Ⅱ』収録)


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